41 水晶妃-氷と狼の物語-第41話

 

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・・ぅ・・ん・・・  


甘やかな声が耳元で聞こえて ジホは びくりと眼を開けた。
どうやらスジョンを抱いたまま つかのまの眠りへ落ちたらしい。


乱れ髪のまま眠るスジョンは 薄く眉根を寄せている。

自分が彼女を押しつぶしていると気づき 苦笑して身体を起こそうとしたが
なめらかに白いスジョンの腕が ジホの身体へ巻きついていた。

 


「・・スジョン?」

・・・・・・・・・


起きるつもりはないらしい。 ジホは 柔らかく微笑んだ。

先刻 この人の子宮を突くほど奥深くへ放ったことを思い返す。
疲れて眠るその姿は 胸が痛むほどに愛おしかった。


彼女の眠りを妨げない様に 窮屈な姿勢で手を伸ばす。

まきつく腕をそっとはがしていると スジョンが小さく喉を鳴らした。
  


・・ん・・・・

ふっくらとした唇が困惑げにつぼまり 長いまつげがふるふると揺れた。
柔らかく息を吸いこんで 黒曜石の眼が光を戻してきた。

「・・なん・・だ? ジホ」
「腕を 離していただこうと」

 

・・・はわぅ・・・

子どものようにあくびをすると スジョンは 眠たげに微笑んだ。
ジホは 肘で体重を支えながら 戸惑い顔で妻を見つめた。 

「重いな・・」

「すみません。ですから この腕を離していただきませんと退けません」
「離すのか?」

 

スジョンは 足を滑らせて 甘えるように膝を立てた。
柔らかな腿の間にジホを包んで 夢見るようにくすくすと笑った。

「私は お前とこうするのが好きだ」

「!」

 


ジホがな。 私の上におる時 世界は全部お前の向こうだ。

気持ち良さそうに身をよじりながら スジョンはうっとり囁く。
これほど私にとって安心なことはなかろう? 誰も 私を奪えはせぬ。

「私の中まで ジホが護ってくれる」

「・・こ、こら。 貞淑な妻が そんな事を言うものではありません」
「ジホにしか言わぬもの。 黙っておれば 他へは知れぬ」
「!」

 

スジョンは まったく無邪気のままに 艶然とした笑みを浮かべた。

姫様は 本当に・・。 
内心舌を打ちながらも ジホはつられて微笑んだ。


「今一度 “お護り”しましょうか?」
「・・のぉジホ?」
「はい」

「私は ややこが欲しい」

「!」
「お前のややは さぞ可愛いかろうな」
「・・・」


こんな戦いの世の中だから ややこも 心配して来ぬのかな。

小さな手をジホの背中にはわせながら スジョンが ぽつりとつぶやいた。
少し 寂しげなその声に ジホの目元がわずかにゆがんだ。

 


結婚して かなりの時間が過ぎていた。

普通ならもう子の一人ぐらい いても不思議ではない頃だった。


ジホは 以前からその事を気にしており 密かに自分を医者に診せて
異常はないと言われていたが それはスジョンに言える事ではなかった。


「・・スジョン?」

「うむ」
「ソウルへ帰りましょう」
「え?」

「特級の秘密事項ですが 停戦調停が成立しました」
「え・・?」


国連軍は 板門店で調印します。 南北は期限なしの停戦に入ります。

「戦争が・・終わるのか?」

「一応」
「ソウルは どんなだろうな」
「酷い有様です」

 

それでも戦火は停まります。 ソウルへ帰って 総てを立て直しましょう。
ジホは柔らかく微笑んで 指の背でスジョンの頬を撫でた。


「平和になれば ややこも出来るかな」

「・・そうかもしれませんね」

では 今夜は止めておこう。

「は?」
「今孕んでは 引越しが危うかろう?」
「!」


ややこを作るのは 向こうの家へ落ち着いてからにしないとな。

スジョンは ジホの背中に回していた腕をほどくと
覆いかぶさっていたジホの胸を いそいそと横へ押しのけた。

 

「・・・・」

「ジホ。 早く引越しをしような」
「は・・」
「向こうへ落ち着くまで子作りが出来ぬと 私は辛い」

「な?!」


はしたないとまた怒るのか? ジホだけにしか 言わぬではないか。
スジョンは 呆然とするジホの腕を 枕の様に横たえて頭を載せた。

「ジホは平気みたいだが 私は 子作りが好きだ」

「・・あ・の・・引越しまで?」
「ああ!もちろん我慢する。 私だって そこまで好色ではないからな」

 

ソウルのガンホ爺は 元気かな。
スジョンは ジホの胸へ寄ると物欲しそうに頬ずりをした。

次第に 彼女の動きが静まり 小さな寝息が聞こえて来る。

隣に眠る小さな裸身を 腕の中へ包みながら 
ジホの戸惑ったつぶやきは 情けない程に気落ちしていた。


“姫様。 ・・・私は そこまで好色です・・”
 

——- 

 

「ガンホ爺!ガンホ爺! 今戻ったぞ!」


おぅおぅ・・。 どうやらこの爺にも 天国のお迎えが来たらしい。

「なんとも綺麗~ぇな天女様だが ドタドタ走るのは ひぃ様みたいだ」
「惚けたか ガンホ爺! 私はスジョンだ」

「おぉやあ・・・ほんにひぃ様じゃ」

 

ジホとスジョンがソウルの屋敷へ戻ったのは 停戦の年の初秋だった。
屋敷は一部が被災していたが あの激しい戦闘で残っただけでも幸運だった。


半島全土を戦場にしたこの戦争は 兵士以上に 民間人の命を多く犠牲にした。

とりわけ 激しい攻防戦が繰り広げられた首都ソウルでは 
数百万の犠牲者が出ていた。

それでも 戦火は停まったのだ。

 

ソウルに戻ったジホの多忙には 屋敷中の者が呆れた。

軍政庁時代からアメリカ軍部に 有能を見込まれていたジホは
戦時中も 韓国軍の対米折衝の場に呼ばれていたが

停戦以後も「ソウル1の頭脳」を 必要とする場面は多かったのだ。

 

「インスク。 ジホはまだ戻らぬか?」

「また奥様は! 旦那様とお呼びなさいませ」

「他の使用人は聞いておらぬ。 まだ戻らぬか?」
「ええ・・。 まったく 人使いが荒い軍部ですよ。 まあ旦那様は言葉も堪能
 折衝力も抜群では あちらが重用するのも無理もありませんがねぇ・・」
「ジホは・・疲れておろうな」


戻らぬ夫を待ちながら スジョンはしょんぼりと考えていた。

忙しいジホに ややが欲しいなどと我儘言ってはいけないな。

 


ジホがようやく寝間に来たのは 夜も随分遅かった。
スジョンは夜具に深く埋まって ジホの為に寝入った振りをした。

「スジョン?」

「・・・・」
「寝ましたか?」
「・・・・」

ジホは小さくため息をつくと 腕を伸ばして スジョンを抱き寄せた。
やれやれ。 引越しまでのおあずけに続き 今度は 多忙で時間がないとは。

腕の中では スジョンの温かい身体が芳しい香りを放っていた。

緊張続きの仕事の後で 全身が慰めを欲しがっていた。

 

・・・スジョン・・

一度 その名を呼んでしまうと 欲望は抑えがたかった。
自分の呼びかけに応えてくれる 愛しい声が欲しかった。

姫様は 子を欲しがっておられる。

目覚めさえすれば きっと 私をねだってくれる筈だ。


いつから自分はこんなにも 堪え性のない男になったのかと
自分にうんざりとしながらも ジホは 囁かずにいられなかった。

無理矢理に起こしてしまわない様に 物音で ふと目覚める様に。

・・・スジョン・・

 

「ああもう! やめろっ!」

「?!」
「せっかく人が寝ようと頑張っているに!」
「す・・みません」

「そんな声を聞くとしたくなるのだ!」

「え・・?」
「もういい!」

 

スジョンは夜具を乱暴につかむと ジホに背を向けて丸くなった
絹が作った小さな丘を ジホはおずおずと抱きしめた。

「・・スジョン?」
「黙れ」

「その・・・私は。 貴女が良ければ・・致したく思いますが」
「!」
「お休みに あの・・なりたいですか?」


「・・・」

「・・・」


狼は 頬を紅くして 湯気の出そうな夜具を抱えていた。
早く相手と抱き合いたいのに ばつの悪さに 双方が固まっていた。

 

「・・・」

限界だ。 攻撃したのはジホだった。

夜具をひと息に引き剥がすと 眼を見ないように唇を奪う。
むぐむぐともがくスジョンを無視して 夜着の裾をめくり上げた。

愛しい人の準備が出来ていることを 指で素早く確かめると
顎をつかんで口づけたまま 思い切り奥まで貫いた。

「!!」


ジホが唇を離したのは スジョンの悲鳴を聞くためだった。

背中を反らして張りつめた彼女が 高く鳴いて崩れ落ちると
ゆっくり腰を使いながら ジホはスジョンを優しく見つめた。

・・・・ぁ・・・・

「スジョン?」
「・・・・・」
「私も これは好きですよ」

 

 

聞こえたかな。 ジホは腕を差し入れて ぐったりした身体をすくい上げる。

スジョンは どうやら恍惚の淵で ジホの声は届かないようだった。

 

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