34 水晶妃-氷と狼の物語-第34話

 

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狼は少し 背中を丸めて 両腕と身体で作った繭の中へ 

愛しい水晶を包みこむと つややかな髪へ頬をつけた。


不機嫌なことを誇示するように スジョンは肩を怒らせている。
それでも 大人しく抱かれたままでいる彼女に ジホの口元がほころんだ。

“ 拗ねてはいても 腕の中から出て行くつもりはないらしい・・”

 


この人は 自分のものだ。

驚くばかりのその事実が ジホの身体を震わせた。


思えばジホは 生まれてこのかた 自分のものと呼べるようなものを
何一つ持ったことがない。
親も 家族も 住む家も、 名前さえも持ってはいなかった。


この世のすべては 己の力で 奪い取るしかないものであり
喰いちぎるようにして手に入れたのは 生きるがための糧でしかなかった。


そんな自分に たった一つ 天から与えられたもの。

それは 自分がたった一つ “欲しい”と願ったこの人だった。


——–

 

「・・・」

「・・・・・」


ジホの鼓動を背中で数えながら スジョンは独り 苛立っていた。

「許してください」と言うたくせに ジホの奴。
どうして もっと私のことを必死になだめようとしないのだ?

私は「とても」怒っているけれど ジホの出方次第によっては
機嫌を直してやっても いいと思っているのに。

 

抱きしめるジホのたくましい腕を スジョンは肩先で邪険に払った。

一瞬 ほどけた男の腕は 悠々とまた恋人を抱き直した。

 

「・・・・」

とうとう しびれを切らしたスジョンは ジホの腕の中で身体を返し
穏やかにこちらを見つめるジホへ 精一杯 冷たく眉を吊り上げた。

「私・は! ・・怒っているからな」

「申し訳ありません。 私が 悪うございました」
「そ、そんなに 簡単に謝ってもだめだからなっ!」

 

ふ・・・・

「!!」

ゆっくりと 一つまばたいて ジホの微笑が花のように咲いた。
灯りを抑えた薄闇に そこだけが ぽぅ・・と光を帯びた。

「な、何が可笑しい!」
「申し訳ありません。 ただ 貴女が・・」
「?」

「・・・貴女が とても愛らしいなと・・」
「!」

 

低く 少しかすれた声が スジョンの怒りを黙らせた。

ひたひたと想いをたたえたような ジホの微笑みは美しかった。

スジョンは不機嫌でいる決意も忘れて 彼の笑顔に吸い込まれた。
ジホが幸せそうに笑う顔など 今まで見たことがなかった気がした。

 

「・・嬉しそうだ」

「いいえ? 貴女がお怒りなので困っております」

嘘をつけ。 困るどころかジホは 常より悠然とくつろいでいるじゃないか。
まるで 私とこうしているのが 楽しくて仕方ないみたいだ。

楽しくて・・・

 

しかめ面をするのを忘れていたので 慌ててスジョンは眉をひそめた。
まだ拗ねていたいと思う気持ちが 勝手に ほどけ始めていた。

「眼を つむりませんか?」
「・・なぜ・・?」
「このような間近に貴女を見ると」


・・口づけしたく・・なるからです・・・・

言葉のいちばん最後の部分を スジョンは唇の中で聞いた。
抱き寄せられて行き場のなくなった腕を スジョンは ジホの背中へまわした。

 

夜具の絹が小さく鳴って 2人の会話の代わりをした。

ジホがようやく唇を離すと スジョンの唇がもっととねだった。

触れてしまうと 愛しさは斬り放たれた巨木のようで
あらゆる制止を振り切って 激情の斜面へ倒れこんで行く。

夜着を引き裂いてしまいそうな手を ジホは やっとの思いで抑えた。

 

ハアァと荒い息をしながら 狼は自分を押し留めている。
突然 身体を離したジホへ スジョンは不思議そうに問いかけた。

「どこか 苦しいのか?」
「・・いいえ。 この辺で止めましょう」
「何故?」


もう おやすみなさいませ。 ジホは スジョンの横へ身体を横たえた。
このままでいると また貴女に“痛いこと”をしそうですから。

「どうぞ おやすみなさい」
「ジホは・・。 子作りがしたいのではないか?」

「大丈夫です。それより・・」
「?」
「・・もう怒っていませんか?」

「!」


忘れていた。 しまったと言いたげな困惑顔に ジホが小さく鼻を鳴らした。
そっと腕枕を差し入れて スジョンに夜具をふわりと掛けた。 

「ジホは? お前は 夜着も着ておらぬ」
「私はまだ。 ・・貴女が寝入るまで 傍におります」

「・・ジホ?」
「はい」
「この先は しないのか?」

「?!」

 


あ然と固まるジホの胸へ スジョンが小さな手を乗せた。

隆と盛り上がった胸筋に あどけない顔がちょこんと乗った。

 

「・・な・・にを・・・貴女は・・」

「昨夜のように 子作りをしよう。 私は あれが気に入った」
「まだ お身体が痛むでしょう」
「・・うぅむ・・」


それでも 私はしたいのだ。
子が強情を言うように スジョンは口をとがらせた。

「ジホは嫌か? 私を抱くのは」

「・・ぃ・・」


ジホは 降参の息をついた。
もとよりスジョンを欲しいあまりに 狂わんばかりの状態だった。

「べそをかいても 止めませんよ」

——–

 

静かにジホが入ってきたとき スジョンは思わず眼を開けた。

やっぱりジホは 器用な男だ。 昨日のようには痛くない。


ジホは 奥まで貫くと スジョンの頬を優しく撫でた。
甘美な身体に恍惚としながら 彼女のことが心配だった。

「・・大丈夫ですか?」
「ん」
「辛かったら言ってください」
「・・ん」


ジホは 恋人を気づかいながら なめらかに身体を滑らせた。
身体の下に組み敷いた人を 大事に 少しずつ揺らしてゆく。


どうやら ジホの宝石は 快感をおぼえはじめたらしい。

突かれる度に 可愛らしい とまどうような声がこぼれて
ジホを 愛しさで締め上げた。

・・・・ぁ・・・・


「・・待・・て・・ジホ・・・なにか・・」

ジホの目元が優しくなった。上気した頬へ口づけた。

スジョンの今日の涙目は 苦痛のせいではないようだ。
ジホは もじもじと逃げる白い腿を わしづかみにして引き寄せる。

次第に強く突き上げてゆくと しなやかな身体が切なげに悶えた。


・・ジホ・・・ぁ・・や・・め・・・

「大丈夫です。さあ 行きましょう」

華奢な身体を抱きしめて ジホは最後を突き上がった。
スジョンは大きく背中をそらして 未知の快感に悲鳴をあげた。

 


「痛みますか?」

手荒にならずに出来ただろうかと 心配そうにジホが聞いた。

ジホは仰向けに横たわり 宝石を胸に抱いていた。
スジョンは 眼を開けるのも大儀そうに ジホの胸へ突っ伏している。


力のぬけた手足を投げて くたくたな恋人が愛しかった。

もしもこの先 この人を 失うような事があったら
自分は正気を失うかもしれないと ジホはぼんやり考えていた。

 

・・・ジ・・ホ・・・・

「はい」
「今日はな。 ・・あまり痛うなかった」
「痛いのは 最初の時だけですから」
「・・・」

ジホの胸の上でスジョンが 困惑したような顔を上げた。
「え・・?」

 

面白そうに眉を上げて ジホが恋人を覗きこんだ。
まったくこの方は なんとおぼこな。

「昨夜が 貴女の“初めて”です」
「?」
「私の花嫁は 生娘でした」
「?!」

大きな瞳をいっぱいに開いて スジョンはジホをまじまじと見た。
ポカンと開けた唇を ジホがそっと指でなぞった。

 

「だけど。 では・・ぁ・・中将閣下は・・?」
「閣下は おそらく貴女のことを 親父様のように抱きしめたのでしょう」

「・・・・」

 

スジョンの表情がくしゃくしゃと崩れた。ジホの眼が丸くなった。

「・・私は 閣下の最後の時を 慰めたのではなかったのか?」
「姫様」


ふわりとジホは腕をまわして スジョンをしっかり抱きしめた。
本当に なんという方だ。

「姫様は 閣下を充分お慰めしたと思います」

「・・だけど・・・」

「閣下にとって姫様は 娘のような存在だったのでしょう。
 私が 最後にお会いした閣下は 穏やかな表情をしておられました」
「・・・」

 


スジョンは じっと考える顔で ジホの胸に頬をつけた。

ジホは 片手で彼女の頭を なだめるように静かに撫でた。


“お前が 水晶のそばに居て護る姿を この屋敷の見納めとしたい”

狼は 遠いあの夜に恩人が言った 最後の言葉を思い出していた。

 

 

 

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