31 水晶妃-氷と狼の物語-第31話

  
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音に聞こえた「水晶妃」の 劇的な結婚の顛末は

この動乱の最中にあっても 衆目を集める話題になった。

名家の姫が執事を 夫にするのも異例だったが。 その執事が 
財界を揺らした”怪物”という事実にも 人は仰天した。

 

しかし結婚式の当日。 屋敷に集まった人々を 最も驚嘆させたのは

白絹に 見事な刺繍をあしらった 豪奢な結婚装束をまとう
新郎新婦の この世のものとは思えない 水際立った美しさだった。

 

花嫁は 満開に咲いた大輪の花のように艶やかだった。

柔らかく紅を掃いた頬が 
いつもは怜悧な彼女の美貌に 華やかなを色香を与えていた。

礼式通りに端然と笑わずにいる花婿は 呆れるばかりの美青年で

2人が並び立つ様を見ると 誰もが思わず息を呑んだ。

 

厳しい瞳の花婿と 端然とうつむく花嫁は 
あまりにも完璧に整い過ぎて 冷たく 近寄り難く見えた。

“氷のような水晶妃が 狼を婿に迎えよった”

婚礼を見ようと来た人からは そんな声までがささやかれたが

ただ インスクや使用人達だけは 2人の喜びを知っていた。


侍女を左右に従えて スジョンが交拝の礼をする時
見つめるジホの表情は 微笑ましいばかりに柔らかだった。

“あんな狼がいるもんかい。 今日のジホじゃ番犬にもならないよ”

インスクが呆れて肩をすくめると 使用人達は忍び笑った。

 

結局 2人の結婚式を 欠席する親戚はいなかった。

祝いの席へ並ぶにしては いささか憮然とした顔もあったが
それすら 傍目には 格式あるこの名家の祭礼らしい重みに見えた。


祝婚の宴には「食のイ家」の名に恥じない 華麗な至高の美味が並んだが

時局をはばかってという名目のもと 披露宴は早めの散会となった。


——-

 

「・・・・」

祝婚の客が引き上げた 宴の後は静かだった。

ジホは 一人執務室に座り 机上の万年筆を見つめていた。
遠い日に自分を泥の中から掬い上げてくれた人が 「学べ」と くれた物。

狼は自分の婚礼の夜に 逝った人のことを想っていた。

 

“親父・・様”

分を踏み越えた今日の自分を 親父様はどう思うだろう。

とっくに決意したことなのに 心の底の罪悪感を ぬぐうことは出来なかった。
高嶺の花を手折ったことを 自分は生涯どこかで悔い続けるのかもしれない。


コトリ・・。  万年筆を筆皿に置いて ジホはすらりと椅子から立った。

最後に 深々と一礼すると ジホはスジョンの待つ寝間へ歩き出した。

 


侍女が支度を整えた寝間で スジョンは ぽつんと待っていた。

婚礼に際してあつらえた寝台は 小海の如く大きな代物で
なめらかに拡がる絹に座る 花嫁の姿は はかなげだった。


心細そうな彼女の表情を見ると ジホは 胸に痛みを覚えた。

真白い夜着に包まれて 髪を長く下したスジョンは 
まるで 神に捧げられるために選ばれた少女のように見える。

 

「・・・」

驚かすまいとでもいう様に ジホは そっと寝台へ上がった。
スジョンと少し離れて座り 取りつくろうようにぎこちなく笑んだ。

薄絹だけの花嫁を見ると 欲望で身体が焦げそうだったが 

それよりもジホは スジョンの苦痛を考えるだけで気持ちが沈んだ。

 

中将閣下との一時を 彼女は ”それ”と思っているが
おそらく 今夜が初めてなことは間違いないだろう。

決して手荒にはできないのだ。 優しく 大切にしなければ・・・


「ジホ」

「! ・・なんですか」

 

あの・・な、・・・その・・・・

「インスクは ”ジホがちゃんとしてくれるから 任せておけば良い”と言うた」
「はい」
「だけど これはどうなのだ? 夜着は・・自分で解くものか?」
「!」


一瞬。 ジホは絶句して やがて思わず吹き出してしまった。
まったく これ程ネンネな人が よくも「無垢でない」などと言ったものだ。

「私が解きましょう。 ・・こちらへ おいでなさい」

「そうか!」

ほっとしたように笑ったスジョンは いそいそと膝でにじり寄り
きちんと背筋を伸ばして座ると 「はい」とばかりに胸を張った。

 

「・・・」

あまりに無邪気なスジョンの仕草に ジホは 笑うまいと眼をそらした。
どこか重苦しかったジホの気持ちが 温かなもので満たされた。

主家の姫様を奪う自分を 責める気持ちはどうしようもなくある。

だが 少なくとも 今この時 水晶は満足そうに微笑んでいた。

 

生まれた時から侍女がいて 世話をされることに慣れたスジョンは
他人に服を脱がされることに それほどためらいを感じないのかもしれない。

ジホは スジョンの頬を撫で うなじと肩を撫で下ろした。

されるがままに 大人しくかしこまっている姿に 遠い日の彼女が蘇った。
いつも自分を求めてくれた 幼く 可愛いらしかった宝石。

 

“私はスジョンだ。 お前は 誰だ?”

“・・・ジホ”
“ジホか。 ジホは 忙しいか?”
“・・・・別に”

“そうか! それでは私と遊んでくれ!”

 

・・ふ・・・

「?」
「大きゅう・・なられましたな」
「なっ!」


こ、子ども扱いするなっ!!

真っ赤になって怒るスジョンが どうしようもなく愛しかった。
ジホは スジョンの首をつかむと こらえきれずに唇を重ねた。

出会いの時に 眼を奪われた 信じられない程美しい娘。

あるいは自分はあの瞬間から この人を 想っていたのかもしれない。


唇を離して覗きこむと スジョンが眼を丸くしていた。
ジホは 小さく眉を上げ からかうように口の端で笑った。

「子どもには こんな事はいたしません」


——-

 

・・ジホは 侍女とも インスクとも違う。

優雅な 長い彼の指が 器用にスジョンの夜着を解いて
こぼれ出てきた白い裸身を 大切そうに撫でた時

スジョンは初めて身体をすくめて 裸の自分にうろたえた。


浅黒く 力強い男の手が 何だか怖いような気がする。

困って胸元をおずおずと隠すと スジョンの戸惑いに気づいたジホが
ふわり と大きく腕を伸べて 彼女を胸の中へ抱き取ってくれた。

 

大きな手が頭の後ろを支えて そっと 夜具へ押し倒す。

波打つ絹に沈みこむと スジョンの不安は少し薄らいだ。

自分を柔らかく組み敷いて ジホは 優しい眼をしている。
スジョンにはそれが嬉しくて はにかんだ笑顔になった。


「・・中将閣下との時は こんな風にはせなんだ」

「そうですか・・」
「それで ややが出来なかったのかな」
「・・・」

「・・すまぬ」
「え?」
「その・・私が・生娘・・・」

いきなり ジホは唇を奪い スジョンにその先を言わせなかった。
例えあの夜に何かがあろうと ジホにとって 水晶より無垢な存在はありえないのだ。

 

スジョンの身体は柔らかく なめらかな肌は抜けるように白い。

ジホは 今にも暴走しそうな欲望を 理性のすべてでねじ伏せた。


優しさのすべてをかき集めて ジホはスジョンを愛撫した。
手を這わせるうちに 愛しい人が甘やかに身をよじるのが嬉しかった。

うっとりと瞳をうるませていたスジョンが ふと ジホの夜着に気がついた。

「・・ジホは これを着たままか?」
「いえ。 私は・・」
「あ・・。 私が脱がすのか?!」

「違います!」

小さな手に襟をつかまれて ジホは慌てて身を引いた。
見ればスジョンは 叱られたような 困惑の表情で見つめている。

 

は・・・。 観念したジホは身を起こして ひと息に夜着を脱ぎ捨てた。

筋肉の盛りあがった裸体を見て スジョンが小さな悲鳴を上げた。

「ジホ」

「・・・」
「そんなに 酷い怪我だったのか」
「・・・・」


鍛え上げられ 隆と盛りあがるジホの胸には 斜めに大きな傷があった。
傷跡は 左肩から反対の腰近くまで 一直線に切り裂いていた。

そればかりでなく腕にも脇腹にも 引きつれたような刀傷がある。

寝間の灯りは その一つ一つを 黄金色に照らしていた。

 

スジョンは思わず起き上がり 呆然とジホの胸を見つめた。

震える指が傷跡に触れると ジホはびくりと身を固くした。

「・・私のせいだ」
「違います」
「外に出るなと言われていたのに 私は 聞かなかったのだ。 だから!」

「違います!!」

 

か細い背中をわしづかみにして ジホはスジョンを抱き寄せた。
胸を押し返してもがくスジョンを 言い聞かすように 強く抱きしめる。

「貴女のせいではありません!」


しばらく抱きしめているうちに スジョンの身体から力が抜けた。

「見苦しい傷ですが どうか厭わないでください」
「ジホ・・」
「・・私にとっては 貴女を護れた証なのです」


スジョンの腕がためらいながら ジホの身体を抱きしめた。

ジホは スジョンを抱きしめたまま 絹の中へ倒れていった。

 

 

 

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