21 水晶妃-氷と狼の物語-第21話

 

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小さな記事にも関わらず スジョンの容貌が眼を惹いたせいか

水晶妃の美談は話題となり 追加記事まで出る始末だった。

 

一体 どこで調べたものか ジホが反日で捕われたことまで 
さんざんに脚色して書かれていた。

水晶の名が人の口に上ることに ジホは 歯噛みをしたものの

世情を思えば 彼女から親日の噂が消えたことは 
やはり 幸いと言わなければならなかった。


——

 

「・・・・・」


ジホは 目の端で動く鮮やかな色彩に あきらめ気味のため息をついた。

戸を開け放した執務室の前を 一度は通り過ぎたはずのワンピースが
いそいそ踵を返しては これみよがしに また通り過ぎていた。


・・・コホン・・コホン・・

「これは貴子様。 いらっしゃいませ」
「ええ! 御機嫌よう」

うふふ。 こう頻繁にお伺いしては きっと私 お邪魔ですわね?
「だから 晶さんを我が家へお招きしたいのだけど。 ・・よろしいかしら?」


満面笑顔の貴子へ ジホはわずかに眉を上げた。

お転婆娘がスジョンを連れ出し また何か 事件を起こされては困る。
これ以上もない愛想の良さで ジホは貴子の誘いを断った。

「いえ 当主も貴子様のご来訪を喜んでおります。どうぞ いつでもお越しください」

 


“鬼軍曹”ったら 「どうぞ いつでもお越しください」だって! 

通行手形を手に入れて 貴子は機嫌よく菓子鉢を抱いた。
菓子好きの彼女が遊びに来る時は 大盛りのおやつが出されるのが常だった。


「だけど お宅で出てくる食べ物って 茶食菓(タシッカ)1つでも違うわね。

何でだろう? 作り方が違うのかしら?

「そうさな 今日のは油がとても良い。厨房がいつもより気張ったな」
「まあ晶さん。 そんなことまで お判りになるの?」


感心した風に首を振って 貴子は もう一つ菓子をつまむ。

近頃 彼女は3日と置かずスジョンの家へ入り浸っていた。

 


「しかし 婚礼も近いのに こう遊びに来ていて大丈夫なのか?」

・・・モグ・・・・

「・・ご迷惑?」
「いや 私は嬉しいが。 嫁入り前となれば 花嫁修業もあるだろう」


そ・れ・が・嫌だから 逃げて来ているのよ~!

陽気な友はあっけらかんと言い スジョンを 思わず吹き出させた。
輿入れの日も決まったというのに 相変わらずの彼女が微笑ましかった。

「そんな事で 嫁ぎ先から追い出されないか?」
「平気! 私 家事の出来る嫁なんて 期待されていないもの」
「・・?」

 

貴子の語るところによると 彼女を最初に見初めたのは 嫁ぐ先の舅だった。

皮革の卸を営む貴子の家へ 時折 仕入れに来る得意先だという。


当時 貴子は遊びまわらないように 形ばかりの社員をさせられており
やり手で知られていた未来の舅殿を なんと 商談でやり込めたのだ。

「強引に値切るアジョシでさ。 絶対こいつから儲けてやる!って 頑張ったワケ」
「・・高い物を売ったのか?」
「だけど 品物も最高だもん。 当店ではお客に損はさせないのよ」


貴子の商売上手に惚れこんだ舅は 次には 息子を連れて来た。

これがまた モダンで明るい彼女の魅力に ほとんどひとめ惚れしてしまい
あっという間に話は進んで めでたく婚約になったのだという。

 

「あそこの家は手広く事業をしているから 商売っ気のある嫁が欲しいのよ」
「それはまた 似合いの嫁ぎ先があったものだな」

で・しょお~? だから 花嫁修行なんか いらないの。

「えへへ。 でも晶さんの所へは お作法を習うって名目で来ているけどね」
「な・・んと」


澄ました顔でうそぶく貴子は 茶食菓をもう一つ 口へ放った。

大したお作法があったものだと スジョンはくっくと忍び笑った。

——

 

「ねえねえ! ところで”鬼軍曹”って まだお一人? 結婚なさっている?」

指先の蜜をなめた貴子は 突然 そんなことを言った。


「・・ジホか? 結婚はしておらぬ」

「ふぅん。 イイ人はいらっしゃらないのかしら?」
「ジホが・・どうかしたか?」
「うふ。 雑誌の事で 今回まともにお話したじゃなーい?」


まじまじと見たら ジホさんって ものすごぉい美男子よね♪
面喰いの貴子は うっとりと 組んだ手を頬へ当てて肩をすくめた。

あれほど端整で 精悍な男なんて ソウル中を探してもまずいない。

「今まで彼を見逃していたのが もう私ってば 口惜しくて」

 

思いも寄らない親友の言葉に スジョンはぽかんと口をあけた。

「・・貴子は。 ・・・ジホに懸想しておるのか?」
「え? いやだ 懸想なんて! まあ 憧れの君と言ったところかな」


伴侶なら言いなりに出来る男がいいけど 眼で楽しむ男も 欲しいじゃない?

「そんな・・ものか?」

恋人にするには怖すぎるけど ジホさんって 鑑賞用には最高だわ。
貴子は 茶食菓をつまみ上げ それへ向かって声色を作った。

「そういう事を言っているのではありません!姫様」

キャアア 素敵!! 凛々しいわ!


黄色い声ではしゃぐ貴子を スジョンは眼を丸くして見つめていた。

ジホと「恋」や「結婚」という言葉は あまりにかけ離れたものに思えた。

 


「だけど晶さん。 この前みたいに怒られて よく怖くないわよね」

私なら あんな強い眼でにらまれたら きっと泣いちゃうわ。

親や教師に叱られても ケロリと舌を出すくせに 貴子はそんな殊勝を言った。
スジョンは 自分をたしなめる時の ジホの顔を思い浮かべた。

 

「ジホは・・怒っているのではなく 心配しているのだ」
「心配?」
「ジホが本気で怒る時は とてもとても 静かなのだ」

 

“・・姫様は どうぞ そこにおられませ”


修羅場の中。 これ以上もなく優しく言った ジホの言葉を思い浮かべる。

あの時以上に恐ろしいジホを スジョンは ついぞ見たことがなかった。


遠くを見る眼で考えるスジョンを 貴子は きょろりと盗み見た。
この美しい親友と執事の間には とても深い絆が あるように見える。 

私のカンだと こういうのは”運命の愛”って 感じなんだけどなあ・・。


「ね。 ジホさんはお幾つ?」

「うむ? 私より6つ上のはずだから 26か7だろう」
「まあぁ! じゃあ もう所帯を持つのには充分すぎるお年ね」

「・・・そ・・う・・だな」

 


さんざん喋り 菓子鉢をきれいに空けて 貴子は夕方に帰って行った。

友の去った後を見送って スジョンは不思議な思いに沈んだ。
頭の中に 貴子の言った言葉が こびりついて反響している。

“イイ人は いらっしゃらないのかしら?”

 

自分が嫁ぎたくないものだから ジホの結婚にも頓着しなかった。
それでも貴子に言われてみれば 確かに ジホは「いい歳」だ。


お父様が倒れた時 ジホは 今のスジョンと同じくらいだった。

それ以来 この家の有能な執事として すべての事業を取り仕切り
スジョンとイ家を守り続けて 一日の休みも取ったことがない。

お父様が 「私のお父様」であるように
ジホは「私のジホ」なのだと 勝手に思い込んでいたが

考えてみれば ジホにだって 自分の人生はあるはずなのだった。


「・・・・・」

お父様がおられたら ジホに嫁を心配したかな・・

今は 私が当主なのだから それは私の役目かもしれない。

ジホに嫁を探すことを スジョンは思い描いてみた。
彼に添う娘を想像したら 何だか 気分が悪かった。

 


ジホは 見送りに出たまま スジョンが戻らないので気になった。

探すと 薄暮の前庭に ほっそりした人影が立っていた。

首を傾げて立つ姿は 夢見るように美しく 
ジホは 声をかけるのをためらい しばらく彼女に見とれていた。


「姫様」

静かな声に眼を上げると ジホがそこに立っていた。
確かに ジホは美しいな。 スジョンは友の言葉を認めた。

「暗くなります。 中へお入りください」
「ジホ」


・・・結婚せぬのか・・?

「?」
「ジホは 嫁御が欲しくないか?」
「は?」


突然の問いに言葉を失ったジホは やがて はぁと息を吐いた。

いったい貴子様は 姫様に どんな話をしたのやら
結婚にやっと興味を持ったと思えば・・私の嫁? まったく何を考えておられる。

 

「早く 中へお入りなさいませ」

「聞いたことに答えておらぬぞ。 のぅ 嫁が欲しいか?」

私のことは 姫様が嫁がれた後にでも考えましょう。 ジホはうんざり言い捨てた。
宵まで外で遊んでいると 子取りに引かれてしまいますぞ。


「子取・・・! ひ、人を 子ども扱いするなっ!」

「言われたくなければ 姫様こそ 嫁入りをお考えなされませ!」


突き放すようにたしなめられて スジョンはかっと拳を握る。

憤然と中へ駆け入る姫へ ジホは冷ややかな眉を上げた。 


——


スジョンが親日と誹謗されなくなってから 意外な面倒も増えてきた。

今まで火の粉をかぶるまいと 本家に距離を置いていた親戚達が
まさに手の平を返すように 何くれと物を言ってくるようになったのだ。


「会わぬ」

「姫様」

縁談など聞くこともない。 「断れ」

「ですが 叔父貴様のお申し越しを こうまで度々断るのは 礼にもとります」
「本家のことは本家が決する。叔父貴様が言ったことだ」 
「・・・」


日帝の対応に 我らが難儀した時に 親戚達が何をした?

世間の責めが無くなったと見て 次は 本家の家督が欲しくなったか。

沸き立つ怒りに スジョンは唇を噛んでいた。
いくら自分が小娘でも これ以上 叔父達の言う通りにされたくなかった。


「・・・・」

不機嫌に 膝へ置いた手を見るうちに ふと一つの考えが湧いた。

「・・・そう・・か」

弾かれたように スジョンが明るい眼を上げた。
大事なものは多くない。 後は 手放せばいいだけではないか。

「ジホ!」

・・・はい・・?


「イ一族を 捨ててやろう」

 

 

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